徳川家康から寺領を与えられ、これによって東西に分裂した本願寺。
東本願寺は4度の火災にあい、また内部の紛争により寺院ではなくなっています。
東本願寺
名称 | 真宗本廟(しんしゅうほんびょう) |
住所 | 京都府京都市下京区烏丸通七条上ル常葉町754 |
宗派 | 浄土真宗 |
本尊 | 阿弥陀如来 |
開基 | 大谷本願寺 : 覚如(本願寺第3世) 東本願寺 :教如(本願寺第12世) |
創建 | 大谷本願寺 :1321年 東本願寺:1602年 |
人物 | 親鸞 |
国宝 | 教行信証(坂東本)全6冊 – 紙本墨書。 |
重要文化財 | 真宗本廟東本願寺 20棟、真宗本廟東本願寺内事 3棟、絵画等多数 |
拝観料 | なし |
公式サイト | https://www.higashihonganji.or.jp/ |
東本願寺の歴史
1602年 徳川家康から教如(顕如の長男)へ寺領が寄進された。
これにより本願寺は東西に分裂。
准如(顕如の三男)の西(本願寺派)
教如(顕如の長男)の東(大谷派)
3代将軍徳川家光から1万坪の土地が寄進された。
1653年 石川丈山によって庭園が造られ、渉成園と名付けられた。
1658年 阿弥陀堂・御影堂(以下、両堂)を再建。
1670年 親鸞聖人を祀る大谷祖廟が造立される。
1745年 8代将軍徳川吉宗が、大谷祖廟に隣接している長楽寺の境内地1万坪を没収し、そのまま大谷祖廟に寄進している。
1788年 1月の天明の大火によって両堂が焼失
1798年 幕府による用材の寄進もあって両堂は再建された。
1823年 境内からの失火で両堂が焼失する。
1835年 両堂が再建される。
1858年 北の町屋からの火で両堂が焼失する。
1860年両堂は仮堂ながらも再建された。
1864年 7月の禁門の変に伴うどんどん焼けで両堂は焼失する。
1880年(明治13年)両堂を起工、1895年落成。
建築・障壁画等の製作には当時の第一級の職人が参加している。
1987年 お東騒動勃発。
「単位宗教法人(被包括宗教法人) 本願寺(通称:東本願寺)」は、「包括宗教法人 真宗大谷派」によって解散させられ、「包括宗教法人 真宗大谷派」に吸収されてその直属の宗教施設となり、通称:東本願寺は正式名称を「本願寺」から「真宗本廟」に改称した。
これ以降厳密には本願寺と呼ばれる寺院は、下京においては浄土真宗本願寺派本山の本願寺(通称:西本願寺)のみとなっているのだが、現在でも真宗本廟の通称として「東本願寺」の名称が引き続いて使用されている。
東本願寺の見どころ
- 御影堂(ごえいどう)
- 阿弥陀堂
- 御影堂門
- 阿弥陀堂門
- 鐘楼
東本願寺境内MAP
東本願寺へのアクセス
JR京都駅より徒歩7分
地下鉄・五条駅より徒歩5分
市バス烏丸七条バス停より徒歩1分
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