豊臣秀吉の霊を祀る。
豊国神社
名称 | 豊国神社 |
住所 | 京都府京都市東山区大和大路正面茶屋町530 |
主祭神 | 豊臣秀吉 |
創建 | 1599年 |
国宝 | 唐門 |
重要文化財 | 「 豊国祭礼図屏風」 「名物骨喰藤四郎」 |
拝観料 | 宝物館500円 |
公式サイト | http://toyokuni-kyoto.jp/index.html |
豊国神社 · 〒605-0931 京都府茶屋町530 京都市東山区大和大路正面
★★★★☆ · 神社
歴史
1598年9月18日 豊臣秀吉死亡
1599年4月13日 阿弥陀ヶ峰に埋葬
1599年4月16日 朝廷から秀吉自身の望みとは相違して豊国乃大明神(とよくにのだいみょうじん)の神号が与えられた
1615年 豊臣宗家が滅亡すると、徳川家康の意向により方広寺の鎮守とすべく、後水尾天皇の勅許を得て豊国大明神の神号は剥奪され、神社自体も廃絶された。
もはや神ではなくなった秀吉は国泰院殿雲山俊龍大居士という仏教式の名を与えられ秀吉の霊は大仏殿裏手南東に建てられた五輪石塔(現:豊国神社宝物館の後方)に遷された。
1868年、明治天皇が大阪に行幸したとき、秀吉を「皇威を海外に宣べ、数百年たってもなお寒心させる、国家に大勲功ある今古に超越するもの」であると賞賛し、豊国神社の再興を布告する沙汰書が下された。
同年5月には鳥羽・伏見の戦いの戦没者も合祀するよう命じられた。
1873年8月14日、別格官幣社に列格した。
1875年 東山の地に社殿が建立され、萩原兼従の子孫である萩原員光が宮司に任命された。
みどころ
伏見城から移築したと言われる唐門(国宝)
耳塚
アクセス
電車
京阪電車「七条」下車
徒歩約10分
バス
バス「博物館三十三間堂前」下車
徒歩約5分
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