【ずらし旅・見学準備】知恩院:二条城に準じた徳川の前線基地

浄土宗を説いた法然上人のお寺です。

徳川家が浄土宗であったため、幕府の援助を受け立派な寺院になりました。

知恩院

知恩院 · 〒605-8686 京都府京都市東山区林下町400
★★★★★ · 仏教寺院
名称 華頂山知恩教院 大谷寺
住所 京都府京都市東山区新橋通大和大路東入三丁目林下町400
宗派 浄土宗  総本山
本尊 法然上人像(御影堂)、阿弥陀如来(阿弥陀堂)
開山 法然
創建 1175年
寺紋 杏葉(ぎょうよう):法然の父漆間(うるま)家の紋
国宝 本堂(御影堂)附:歩廊、三門、絵画等多数
重要文化財 大方丈(附:玄関及び歩廊)、小方丈(附:歩廊)、集會堂(しゅえどう)(附:玄関)、大庫裏(おおぐり)(附:歩廊及び玄関)、小庫裏(こぐり)(附:歩廊)、唐門、大鐘楼、経蔵、勢至堂
国の名勝 知恩院方丈庭園
拝観料 友禅苑300円  方丈庭園400円 共通券500円
公式サイト https://www.chion-in.or.jp/
知恩院 · 〒605-8686 京都府京都市東山区林下町400
★★★★★ · 仏教寺院

歴史

1175年 法然上人(1133-1212年が建てた吉水草庵が起源。

いかなる者も、一心に阿弥陀仏(阿弥陀如来)の名を唱えれば極楽往生できると説く「専修念仏」は、いわゆる旧仏教側から激しく糾弾され、攻撃の的となった。

1207年 讃岐国(現・香川県)に流罪

1211年 許されて都に戻る。その際、吉水草庵に入ろうとしたが荒れ果てていたため、近くにある大谷禅房(現・知恩院勢至堂)に入っている。

1212年1月25日 80歳で没。2日前に遺訓『一枚起請文』を残している(知恩院・蔵)

1234年 法然の弟子・紫野門徒の勢観房源智が再興し、四条天皇から「華頂山知恩教院大谷寺」の寺号を下賜される

1467-1477応仁の乱の前後で二度焼失。

1530年 勢至堂が再興され、後奈良天皇より宸翰と「知恩教院」「大谷寺」の勅額を賜る。

1575年 正親町天皇より浄土宗本寺としての承認を受ける

1585年 豊臣秀吉より寺領190石が寄進される

1603年 浄土宗徒であった徳川家康は知恩院を永代菩提所と定めて寺領703石余を寄進。

1604年 北に隣接する青蓮院の地を割いて知恩院の寺地を拡大し、諸堂の造営を行う。
造営は江戸幕府2代将軍徳川秀忠に引き継がれ、現存の三門は1621年に建設された。

1633年 火災で、三門、経蔵、勢至堂を残しほぼ全焼するが、3代将軍徳川家光のもとでただちに再建が進められ、1641年までにほぼ完成している。

みどころ

  • 三門 木造建築では日本最大の門(知恩院、南禅寺、仁和寺が京都三大三門と呼ばれる)

三門の二階からは京都御所が見えたので、御所の監視が目的かともいわれているよ

 

  • 御影堂 金ぴかの阿弥陀如来
  • 方丈庭園(二十五菩薩の庭)

知恩院の七不思議

  1. まるで城郭のような鴬張りの廊下。『法 聞けよ』と聞こえる
  2. 三門楼上の白木の棺。造営奉行、五味金右衛門夫婦の自作の木像。予算超過の責任を取って自刃。

    秘密の地下道などの情報を隠すために自刃させられたという噂も!

  3. 忘れ傘 火災除けのお守り
  4. 抜け雀 狩野信政の襖絵
  5. 三方正面真向の猫 狩野信政筆の猫の絵
  6. 大杓子
  7. 瓜生石 八坂神社の牛頭天王が瓜生山に降臨し、一夜のうちに瓜が生え実ったという説

知恩院境内MAP

知恩院三門前から御影堂前まで、無料シャトルバスを運行しています。

アクセス

京都駅から 市バス206系統 約23分
知恩院前 下車 徒歩5分

参考:「京都格別な寺」宮元健次著

 

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