Cheek to Cheek歌詞和訳とアーヴィング・バーリン

『チーク・トゥ・チーク(Cheek to Cheek・頬寄せ合って)はジャズのスタンダード・ナンバーの1曲。1935年ミュージカル映画『トップ・ハット』のために書かれたもの。

作者アーヴィング・バーリンの生涯とともに振り返ります。

フレッド・アステアが歌い踊るチーク・トゥ・チーク

フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースは『映画史上最高のダンシング・ペア』と呼ばれています。

エレガントで素敵ですね。

チーク・トゥ・チーク歌詞和訳

【歌い出し】

Heaven,I’m in heaven…

【歌詞和訳】

天国、まるで天国にいるみたいだ。
胸がときめいて、話すのが難しい。
探し続けた幸せを見つけたようだ、
君と頬寄せ合って踊っていると。

天国にいるようだ。
一週間ずっとモヤモヤしてたことだって
一瞬で消えてなくなる。
まるでギャンブルでツキが回って大勝ちしたときみたいに。
君と頬寄せて踊っている時はね。

山登りが好きさ。
頂上に着いた時の気分は最高だけど
君と頬寄せて踊るときの半分もスリルを感じない。
釣りに行くのもいい、川や入り江に。
でも君と頬寄せて踊るときの半分も楽しくないんだ。

僕と踊ろう
君を優しく抱き寄せて
君の魅力が 僕を天国に導くようだよ

天国。天国にいるようだ
胸がときめいて、話すのが難しい。
探し続けた幸せを見つけたようだ、
君と頬寄せ合って踊っていると。

アーヴィング・バーリンについて

アーヴィング・バーリン(1888年5月11日 – 1989年9月22日)が生まれたのはロシア帝国のモギリョフ(現在のベラルーシ領マヒリョウ)近郊。

父親はユダヤ教のラビ。
5歳の時に一家でニューヨークに移住しますが、8歳の時に父親が病没。
新聞売り、靴磨き等の職を転々としながら、のちにチャイナタウンのカフェのウエイター兼専属歌手になり、曲を作り始めます。

音楽教育を受けたわけじゃないから、生涯楽譜の読み書きはできなかったそうなんだ!それでも作った曲は3,000曲以上。すごいよね

1911年作詞・作曲の『アレキサンダーズ・ラグタイム・バンド』のヒットで名声を確立。

23歳のころね!凄い才能!

1915年、アメリカが第一次世界大戦に参戦すると、慰問ミュージカルショーのために数々の作品を手がけるようになり、この頃に後に「第二の国歌」と呼ばれるようになった『ゴッド・ブレス・アメリカ』を作詞、作曲。

1935年には代表作の1つである『トップ・ハット』が大ヒット。

 

この映画の中で『チーク・トゥ・チーク』が使われているんだね

1942年の『スイング・ホテル』では、劇中歌『ホワイト・クリスマス』の作詞・作曲でアカデミー歌曲賞を受賞し、ハリウッドを代表する映画音楽家となりました。

ホワイト・クリスマスもアーヴィング・バーリンの曲なのね!

1946年ミュージカル『アニーよ銃をとれ』の中の『ショウほど素敵な商売はない』が大ヒット。
しかし、1950年代以降のロックンロールの人気に違和感を覚えたため、1962年に作詞、作曲活動から引退してしまいました。

1968年にはグラミー賞の生涯功労賞を受賞。

その後長寿を全うし、101歳で亡くなりました。

 

 

 

コメント

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました